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私を一番買いかぶっていたのは

私はよく人に偉そうだといわれる。

自分が恥ずかしくて仕方がない。何をもって私は人に偉ぶっているんだろう。

私みたいなクソが、ゴミが、カスが、クズが。

しかも完全無意識なのが笑えない。私は人にへりくだって生きているつもりだった。

それはわざわざ意識しなくてもできるものだと思っていた。

だって事実だからだ。私はこの世で一番小さく、愚かで、汚い人間だからだ。

それを私は頭ではわかってる。でも、それと反対に、

「自分はまだできるんじゃないか」とか「自分でも再起できるんじゃないか」とか

そういったバカな考えばっかり頭の中にあることにも気づいていた。

「俺はやればできる」とか「俺には才能がある」とか「ポテンシャルがある」とか

本気を出せばお前らより上なんだぞって思っていて。

 

それが間違いなく勘違いであることにもきづいていて。

皆に「私のことを買いかぶりすぎだよ」とか言いつつ、一番自分のことを買いかぶっていたのは私だったのだ。

私はいつまでたっても頭がおかしいし、早く死ぬしか救いはないのだ。

死にたい。

死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。

でも、死は救いではあるが、死ぬのは生きるよりよっぽど苦しいし難しい。

私はそれを、きっとその辺の人よりは知っている。

 

とにかく、私は人より劣っていて人にえばることのできるような人間ではないにもかかわらず、致命的な勘違いによって人にえばっている。

そしてもうひとつなんで偉そうになってしまうのかと考えたとき、やはり私は人に甘える節があるんだと思った。

特に近い人だとそうだ。

「このぐらいなら言っても大丈夫だろ」「このぐらいなら触れても大丈夫だろ」

それが。それも、大きな勘違いなのだ。

相手にとっては偉そうといった印象しか残らない。

信頼の裏返しであることになんて、相手に伝わるわけがない。

私は偉そうといわれるたび、自分の勘違いを矯正される。

矯正には、いつも大きな痛みが伴う。

 

人を下に見ていること。

人に甘えること。

 

私はだから偉そうなのだ。

そんな自分が、気持ち悪くてならない。