終わりました、とWi-Fi


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「終わりました」

ガイドが、目的地を見終わるたびに言うその言葉が、僕には非常に安心感を与えた。

疲れたがだんだんと滲んでくるような感覚と、また一行程無事終えることができたという安堵が僕を包む。入院でなまった私の体には、このハードな旅はなかなかに疲れた。でもそれ以上に、楽しい旅でもある。

周りがみんな違う言葉で話していて、めにはいるのもまた違う言語というのは、何度見ても不思議な感覚になるものだ。幼子が、中国語を話しているのを聞くと、「あんなに小さいのに中国語がわかって偉いなあ」と思うけれど、それはごく当たり前のことだ。

そしてはやり、こう行ったところに来てわかるのは自分の国の言葉に包まれているのが一番安心するということだ。だからやっぱり、中国人でも日本語を話せる人に会ったり、見学先の自由行動時間にふと聴こえてくる日本語を聞くと、なんだか懐かしい気持ちになった。

自分の国が、私の中だとやっぱり1番だ。

みんなの中で一番じゃなくても。


そういえばWi-Fiが繋がった。

さっきから安心安心と言っているが、Wi-Fiが繋がってメールができた時も非常に安心した!誰かと繋がっているというのが、これほどまでに心地よかったか、そして繋がっていない時、あんなに孤独な気がするものかと思う。

はしゃいでメールを何通も送ってしまった。そのとき迷惑をかけた人、ごめんなさい。

手紙も届くかわからないような距離だ、昔の人はどうやって繋がっている実感を得ていたんだろう。どうやって、繋がっていない孤独感に耐えたんだろう。

相変わらずインターネットには繋がらなかったので、ネッ友とは話せていないけれど。四日間話していないというだけで、なんだかすごく久しぶりなような気がしてくる。

時の流れがゆっくりなのだ。あの、病棟のように。