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遺書という曲

3/1

中原くんという人の、遺書という曲がある。

私はこの人のことを前々から存じ上げていたのだが、そこまで興味があった訳ではなくたまにニコニコ動画のランキングにあがれば見ていた程度だった。

 

その曲を拝見したのは、ニコニコインディーズのランキングだった。

ライブの映像で、私はライブなんか行ったことないし見たこともないので少し新鮮な気持ちを抱きながら再生ボタンを押すと

 

ギター一本で叫ぶ男の姿があった。

当時・・・というか今もそうだが、自殺を考えている自分にとってその歌詞はあまりに生々しく聞こえて、耳に痛くて、胸を打った。

 

「昨日見た夢ではみんな駆け寄って 今までよく頑張ったねと 胴上げしてからご飯の時間と 言い残して帰って行った」

この部分とかもうやばいよね。わかりすぎて辛いよね。

私たち自殺する人の大部分は、自分の死はこの程度であると思っている。それが、事実がどうかは知らないけど。虚しさだけが心に残る。死にたくなる。死ねなくなる。

 

「ああまだ生きてる ああ死ぬのも簡単じゃないね」

これもだ。今ならわかる。死ぬのは簡単じゃなかった。死ねると思った。

うずくまる私の姿はきっと今思うとすごく滑稽で、気持ち悪くて、この世の全ての現実をよせあつめたようなものだったんだろう。

思った。「まだ生きてんのかよ。」って。

人間って本当に丈夫にできてて、死ぬには尋常じゃない覚悟が必要で、それがないやつには後遺症ばっかり残っていくんだなって。死ねないんだなって。

私って生きることもできないのに死ぬことすらままならないんだなって。

 

「僕の覚悟はお星さまに 僕の覚悟は報われぬまま」

まさにこの気持ちだった。私の決意は、勇気はなんだったんだろうって。

もっと大きくやるんだった。死ぬべきだった。死にたかった。死にたかったんだ。

 

歌を聴きながら泣いていた。どうしようもないこの気持ちの行きどころがなかった。

この曲で別に、私の中の何かが変わったわけじゃない。

生きようと思ったわけじゃない。死ぬ勇気が出たわけでもない。

じゃあなんでだよって思われるかもしんないけど、「なんでこの曲ともっと早く出会わなかったんだろう」と思った。

それ以降、私はふと思い出しては狂ったように聞くという生活を繰り返している。

私はこの曲の全てが好きだ。

 

この記事を見ている人で、中原くんを知らない人がいたら是非知ってほしい。

中原くんのことを私はよく知らないが、きっと、そんなに褒められた人でもないんだと思う。

でもだからこそ、胸をこんなにも打つ歌詞が、人を動かす歌が作れるんだと思う。

少なくとも、私は感動した。

動画を貼っておくので、是非見ていただきたい。後悔は、させない。


遺書 - 中原くん [LIVE映像]

海苔

2/28

海苔が膝に落ちた。

 

飛び散った海苔は、わざわざ集めようという気にならないほどになっていて、僕は無視して食べ進めていたのだが。

知り合いから「ブログの文章力すごいね!」とほめられて有頂天になり、姉にそれを話すと、「じゃあこの海苔でブログを書いてよ!」と言われ、今こうしてブログを描いている次第である。

といっても海苔で書くことなんて微塵もない(海苔を作っている人ごめんなさい)が、もう二度とブログのタイトルに「海苔」とはつけないであろうことだけはわかる。

でも飛び散った海苔を見て、「こんなことのために生まれてきたわけじゃなかったのに」とか「海からきた海苔が紆余曲折の果てにこんなところまできてるなんてすごい」なんてかくのはあまりに普通すぎて嫌なので、今回のブログは400字たらずで終わりにしたいと思う。

 

でも良いネタにはなったよ、ありがとう、海苔。

バイト三日目と紙で切った指

2/27

バイト三日目だった。

昨日の夜から具合が悪くて、死にたさが溢れていたし、体力的にも続かないのわかってたから逃げたくなって「行かない」「やめる」って言ったんですが。

結局行った。そして普通に働いた。

今日はネコも運んだ。ネコ(一輪車)はとても重かったので、零さないか不安だった。

 

今日は新しい人が二人入ってきていて、片方は若い女性で、土木関係の大学生らしい。

てきぱきと動き、僕なんかよりずっと掘り方などを熟知していた。

できる新人がはいってきたときのサラリーマンって、こんな複雑な気持ちなんだろうなと思った。

出来る人が居ることは、全体を通せば+だ。

でも僕自身にとっては?全体にとっての利益は、個人にとっての不利益になり得る。

 

三時休みのとき、限界が来た。涙腺が爆発して、号泣してしまった。

歩きながらぐすぐす泣いていたので誰にもバレることはなかったが、今日は、三時で上がらせてもらった。途中で抜けてみんなさぞかし迷惑したことだろう。

そう思うと、本当に申し訳ないと思った。

死にたくなっていた。どうしようもなくなって、行き場所がなくなった。

 

車に戻ってねてしまった。昨日はあまり寝なかったので、よく寝られた。

寝るということは時間のショートカットであり、また気分のリセットだとも思っている。

リセットされた僕の気分は、仕事を全て終えた姉が戻ってくる頃には回復していた。

そんな、バイト三日目だった。

 

 

紙で指を切った。

どうして切ったときには気づかないんだろう。見たときには血まみれになっていた。

気づいたあとには、ひりひりちくちくと痛みが出てくる。どうしてだろう。

気づく前には全く痛くなかったのに。気づいた瞬間だ。

 

こんなことなら、気づかなければ良かった。

早く死んでくれ。

早く死んでくれ。あまり介護が長引きすぎると、介護する側はそう思うらしい。

たとえそれが、親でもだ。

私の好きな小説の言葉で、こんな言葉がある。

「そうだよなあ。親なんて、血がつながってるだけのただの他人だもんな」

 

この言葉を初めて読んだとき、はっとした。そっか、そうだ。

血のつながりがあるだけの、他人。血のつながりがある他人。それが家族。

 

例外は夫婦だけだ。「カルテット」の中にもそういった台詞がある。

「夫婦って、『別れられる家族』なんだと思います」

 

血のつながりってなんだろう。僕は最初、「親でも」って言ったけど、親だろうがなんだろうがってもんなのかな。

みんなそうなんじゃないの?「血のつながり」って名前を付けて落とし込まないとやっていけないから、接していられないから、介護できないから、そういってるだけなんじゃないの?

血のつながりってなんなの?言いわけじゃないの?

 

血のつながりは呪いだ。よく言えば、おまじないのような、悪く言えば、気の持ちようのようなものな気がする。

 

血のつながりとは関係ないんだけど、病んできた。

今テレビで作家が「慢性的に憂鬱でなければならない」って言ってるけどわけてあげようか?この憂鬱。いくらでも、もう憂鬱生産工場といっても過言じゃないからね僕は。

 

死にたい。死にたい死にたい死にたい。

楽になりたい、すべて放り投げたい、肩の荷を下ろしてしまいたい。

めんどくさいことから逃れたい。そういったものだ、僕の死にたいなんて。

憂鬱ですらない。ただの甘えだ。死にたい。

いつまで甘えるつもりなんだろう。甘えるか死ぬか生きるか死ぬかどれかにしたらどうなんだ!

気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

死にたい。それに尽きる。この死にたいにはいろんな気持ちが込められている。

好き嫌い気持ち悪い消えたいごめんなさいありがとう。

ごめんね。

イライライライライライライライライラする。

こんな自分に。

合格

本当は違うことを書こうと思っていたのだが、せっかくのブログなのだから今日しかかけないことを書こうと思う。

 

今日、高校に合格した。合格といっても、面接試験だけなのだが。

面接はとても緊張した。といっても、私にとっては人生初の面接試験だったからだ。

うまく話せていたか今でも自信がない。私のゴミみたいな経歴もすべてばれているのだと思うと、話しにくくてならなかった。

でも、良い方たちだったし、良い学校だと思った。

校長先生も、うまく私の緊張をとこうとしてくださっているのがわかった。

ありがたかった。おかげで空気がすこし和らいだ気がした。

 

不思議だったのは、私が「地元1の進学校にも合格できる頭だと聞いている」と言われたことだ。?。私にそんな頭などあっただろうか。

私は自慢にもならないが、わりと馬鹿だ。すごくではないが、わりと。

だから、進学校にも受かることができたなんて、ありがたい話だが、買いかぶりすぎじゃないかと思った。

 

私はこれから、あの学校に通うんだと思うとなんだか不思議な感覚がした。

思い起こされるのは、四月の学校でのあの出来事。

また同じことを繰り返したくない。もう二度と、私を守ってくれた人を、受け入れてくれた人を、悲しませたくないし迷惑をかけたくない。

もう二度と、あんなことはしたくない。

 

・・・・・・何て言ったって、私は病気だ。精神疾患なのだ。

死ぬ時は私の意思関係なく死ぬものだと思っている。そういうものだと思っている。

そういうものとしておかないと、自分があんなことをしてしまったという事実に胸が張り裂けそうだからだ。

死にたいのは自分の意思?飛び降りるときの勇気は私から出たもの?

 

こわい。

私の知らない世界でも

2/24

 疲れた。とても疲れた。でも、昨日よりは少し余裕が(といっても微々たるものだが)出てきた・・・はず。

 

今日は一日、昨日の午前と同じ仕事・・・つまり、遺跡の中にいる人たちが出した土が入った手みをネコ(一輪車)に乗せる仕事、をやっていた。

腕が疲れるし、掌には手みのあとがついた。眼球には土がうちつけ、穴という穴に土が入り込む。

今日も疲れた。でも、少しずつ優しい人たちもいることがわかってきた。

襟が曲がっているよと襟を直してくれる人。

無言で手みや土嚢を代わりに持ってくれる人。

キツいね、寒いねと声をかけてくれる人。

何かしなくてはいけないとやっと見つけた仕事を譲ってくれる人。

ここは僕の知らない世界だし、最初は警戒してかかるのが正解だとは思う。

でも、僕の知らない世界でも相変わらず優しい人はいた。

それがわかっただけでも、少し、バイト始めた意味があったかな。

 

明日は高校の試験と、画塾がある。

意気込んでいこう。

バイト初日

2/23

初めてのバイトだった。疲れて言葉も出ない。

 

僕は今、発掘のバイトをしている。その場所に道路をつくるために、埋まっているものを掘り出す作業だ。

時給はいい。頭も使わない。作業内容も単純明快。

頭が悪くててっとりばやくお金が欲しく、そして要領の悪い僕にはぴったりの仕事だ・・・と思って始めたのだが。

それは大きな間違いだったと、昨日は思い知った。

 

全世界の社会人のみなさんごめんなさい。私が舐めていました。

同い年のバイトしてるみんなごめん。わたしが馬鹿だった。

君たちにできるんだから私にも出来る筈って、思い込んでた。

 

キツかった。

まず一日目について書いていく。

ヘルメットをつけて準備体操をして。さあどんな仕事が待っているんだろうと意気込んでいた私にまず襲いかかったのは、ブルーシート剥がし&土嚢運びだった。

風に暴れるブルーシートを抑えつける・・・のはまだいいのだが、問題は土嚢運びだ。

土嚢といえば土が入っているのだから、重い。重いのなんのって、入院生活を続けていた僕にとっていきなり土嚢を運ぶのはかなりキツかった。

なのに女性でもすぐ二個ぐらい持って行ってしまう。なんだこの状況!?

 

その次は遺跡を掘る作業だ。ずっと同じ態勢。これがまた足が疲れる。

ひたすら移植ごてと呼ばれるシャベルで土をどかしていく。どかした土を手みにいれ、上の人に渡す。上の人はそれをネコとよばれる一輪車に乗せ、遠くの穴に入れに行く。

掘りすぎてはいけないし、壁を崩しても怒られるし、ベルトとよばれる壁を踏んでも怒られる。神経を張りつめ、筋肉も固まり、怒られながら作業を続ける。

それをひたすら、休憩十五分を挟み四時間ぐらい繰り返した。

昼の休み時間、あれほどご飯をおいしく感じたのは久しぶりじゃなかったか。

狭い車内で過ごした一時間は、この上なくほっとする時間だった。

 

午後は、私はポジションを変わった。

遺跡内の人がどかした土が入った手みを、一輪車に乗せる仕事だ。

これもまたキツい。土がはいった手みは言わずもがな重い。運んで持ち上げ入れるだけでもなかなかの重労働なのだ。

でも、私的には午前の作業よりこちらの作業の方が好きだった。頭を使わなくていいからだ。失敗もほとんどない。怒られることもない。ただひたすら機械のようにしていればいいのだ。

まあそれでも、疲れるものは疲れるんだけどね。

 

そうしているうちに作業は終わり、片付け。しかし風が思いのほか強く、顔に土が吹き付け、泥水を浴びる。ブルーシートははためき、土嚢をひたすらはこぶ。

土にまみれて、達成感とかその前に暴力的なまでの疲労が僕を襲った。

一日目の感想は、ただひたすら、つかれたに限る。